Q&A 平成25年度

Q1 お坊さんで阿闍梨(あじゃり)と呼ばれている方がいますが、阿闍梨(あじゃり)とはどのような方ですか?

阿闍梨(あじゃり)とは、密教の最も重要な儀式である伝法(でんぽう)灌頂(かんじょう)にて、師より法を授けられた僧侶の職位を指します。しかし、決して密教だけのものではありません。

この言葉の語源は梵語であり、弟子を教え、その行為を正しく導く師匠というような意味です。

仏教では、集団の中での立ち居振る舞いや衣食住の生活の規範となり、出家儀式などの中でその方法を教えた僧侶を阿闍梨というようになりました。

また、歴史的には平安時代に、皇族や貴族の子弟の中からその人に限り許された「一身阿闍梨(いっしんあじゃり)」という称号や、比叡山(ひえいざん)金峯山(きんぷせん)などの七つの霊山でのご祈祷の勅命を受けた「七高山阿闍梨(しちこうざんあじゃり)」という称号もありました。特に京都の東寺の長者(貫主(かんす))は古来より「一ノ阿闍梨(いちのあじゃり)」と呼ばれてきました。

現代では、一般的に密教行者の僧侶の尊称として「阿闍梨」を使うことが多く、延暦寺の千日回峰行を満行なさった高僧に対して、親しみと尊敬の念を込めて「阿闍梨さん」とお呼びすることがあります。

平成25年度 京都仏青 回答

 

 

Q2 檀家だんか信徒しんとってどう違うのですか?

檀家とは、梵語の「ダーナ」という言葉から生まれたもので、布施という意味です。「ダーナ」が「檀那」になり「檀家」と呼ばれるようになりました。

檀家は、あるお寺に所属し、その家の葬祭供養などをその寺に任せ、お金や衣食などの布施をし、それによってお寺を護持しています。また、檀家寺は過去帳により檀家の戸籍管理も行なっていたようです。

信者は、無病息災、良縁成就、五穀豊穣、商売繁盛といったことを仏・菩薩に願い、また、自身の心のよりどころとして、宗教、宗派、特定の仏さまなどを信じる個人です。

檀家寺でも、祈祷を行なったり、五穀豊穣を願う法要を行ないます。檀家であり信者でもある人を「檀信徒」と呼ぶこともあります。

平成25年度 近畿仏青 回答

 

Q3 六地蔵(ろくじぞう)さまにはどういう意味があるのですか?

お地蔵さまはお釈迦さまの入滅後、弥勒菩薩(みろくぼさつ)が出現されるまでの長い無仏時代に私たち衆生を六道の迷いの世界、即ち地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上界から救い、自らも仏になるために修行をされている菩薩さまです。特にお寺や墓地の入口に祀られている六地蔵さまは亡者が成仏出来ず、この六つの迷いの世界から抜け出せない状態、六道(ろくどう)輪廻(りんね)の世界に陥らないようにとの願いを込めて各地で祀られてきたものです。

 私たち人間は、日頃、欲望を良心によってある程度コントロール出来る状態であるのに欲望の果てない自我が剥き出しになり、本能のまま動く智慧を失った世界や、常に争う、自我の心から生じるお互いの角づきあいの状態の世界に陥ってしまう危うい心を持ち合わせています。このような様々な煩悩に支配されないよう、迷いの心から抜け出すことをお釈迦さまは説き示されています。六地蔵さまが佇む姿から、日々の私たちの心の中の状態を見直すことが大切です。六地蔵さまは常に衆生の生死を超越して私たちのすぐ傍で救いの手を差し伸べておられるのです。

 

平成25年度 兵庫仏青 回答

 

Q4 本尊(ほんぞん)とはどんな仏さまですか?お寺によって違うのはどうしてですか?

あなたの知っている仏さまはどんなお名前の仏さまでしょうか?阿弥陀さま、或いはお不動さま、観音さま?又、その仏さまのことを「○○さん」と呼んだことがある方は多いのではないでしょうか。「阿弥陀さん」とか「お不動さん」「お薬師さん」といった具合です。「阿弥陀(あみだ)如来(にょらい)」というと堅苦しい感じですが、「阿弥陀さん」と呼ぶと何だか親しみが湧いて来ますね。ご本尊も「本尊さん」と呼ばれることが多いような気がします。

本尊さんはお寺によってゆかりのある仏さまをお祀りしています。その本尊さんを頼る理由は人それぞれです。例えば、亡くなった方のご冥福を祈る為に、阿弥陀さんをご本尊としてお参りしますし、病気の時には、病気平癒を祈願する為にお薬師さんにお参りをします。と言ったように、私達の悩み事や願い事は様々ですので、仏さんも色々なお姿になって顕れます。

仏さんは、山・川・草・木と至る所にいらっしゃるのですが、私達の煩悩が邪魔をして普段は目にすることが出来ないようです。だから煩悩のある人でも理解しやすいように色々なお姿でそれぞれのお寺に安置されています。だから本尊さんは一つに定まっていません。私達の悩みが沢山あるから一つに定まらないのですね。

 自分の悩み事・願い事に合った本尊さんを求めて色々なお寺にお参りされてはいかがでしょうか。

 

平成25年度 岡山仏青 回答

 

Q5 観音かんのんさまには色々なお名前がありますが、どんな種類の観音かんのんさまがいらっしゃるのでしょうか? 

観音さまは、仏像や、仏画で様々な姿形に表されています。顔や手がたくさんあったり、すこし異様とも思える姿をした観音さまを変化観音といい、天台宗では主に六種類に分類されたものを六観音といいます。それぞれ、

正観音(しょうかんのん)(もしくは(しょう)観音(かんのん)) 〈インドの貴人の姿。変化する観音の最も基本となる。手に水瓶や蓮の花を持つ〉

 

千手観音(せんじゅかんのん)(正式には十一面(じゅういちめん)千手(せんじゅ)千眼(せんげん)) 〈お顔が十一面あり、加えて手が千本、目が千個(多くは省略される)。千は無限の救済力を表す〉

 

馬頭(ばとう)観音(かんのん) 〈六観音の中で唯一、怒ったお顔。多くは頭頂に馬の顔が表される。馬が草をむさぼるように、私たちの迷いや、煩悩を食べつくし、厳しいお顔で良い方向へと駆り立てて下さるという〉

 

十一面(じゅういちめん)観音(かんのん) 〈十一のお顔を持つ。あらゆる方向を見渡し、世の中の救いを求める人を観察し、救う〉

 

不空羂索(ふくうけんさく)観音(かんのん) 〈お顔、手の数は様々。羂(網)と索(綱)を持ち、迷える人々を漏らさず救う(不空)〉

 

如意(にょい)(りん)観音(かんのん) 〈六本の腕を持ち、片膝を立てて坐す。あらゆる願いをかなえる如意宝珠と障害を打破し、教えを広める車輪を象った輪宝をもつことから如意輪と呼ぶ〉

 

以上の六観音の他にも、国や時代によって沢山の姿形がありますが、これらは観音さまの信仰が古くから盛んであることを示すとともに、人々の求める理想像が反映されてきた証であるといえるでしょう。

平成25年度 四国仏青 回答

 

Q6 線香(せんこう)は何本立てるのですか?焼香(しょうこう)作法(さほう)はどうするのですか?

~お線香とお焼香の心得を見つめよう~

皆さん日常生活のなかでお参りをされる際には、大体お線香をあげたりお焼香をされると思いますが、今日はそのお線香のお供えの心得をみつめましょう。

先ずお線香でございますが、三本立てていただくことをお勧めいたします。「三」という数は仏教において、三宝(仏・法・僧)、三世(過去世・現世・未来世)、三毒(貪・愼・痴)などに代表されるように関係の深い数でございます。自身の中の深い欲()と苛々としてしまう気持ち()や不平不満の言葉()の三毒を焼き尽くし、三世に感謝し三宝を尊ぶ精神を養うこと、また火が一度着いたら最後まで燃え尽きるということから仏教でいう六波羅蜜の精進(たゆまぬ努力)を表すものでもございます。お線香の良い香りは仏さまやご先祖さまへあげられるお供物でもございます。最近では香りも少なく煙も出ないようなお線香もみかけたりしますね?もしもあなたが味のしない食事をだされたらどうでしょう?「あぁ、美味しいなぁ」と感じることが出来ますでしょうか?同じように仏さまとご先祖さまへお供えされるものもそうだと感じませんか?ならば、真心という感謝もこめて良い香りのお線香をお供えいただきたいと思います。

次にお焼香ですが、一回もしくは三回というのが主流のようです。

おそらくお葬式やご法事の際にされることがほとんどではないかと思いますが、その時に回数にこだわりを持つことよりも、大事なことはあなたがされるお焼香の煙がその部屋を満たすと同時に、故人やご先祖さまへご供養の気持ちを届けるんだ、さらには仏さまの世界に拡がっていくんだ、という気持ちでお焼香をしていただきたいと思います。

最後に、お線香やお焼香は仏事にこだわらずご家庭で日常焚いていただいてよいものでございます。古来より香のかおりは心の邪気を鎮める作用もあるようです。併せまして、大事なお客さまをご自宅へお迎えされる際など玄関で香炉に良い香りのお線香を焚くのもよき日本の「おもてなし」の作法(心)ではないでしょうか。

平成25年度 九州西仏青 回答

 

 

Q7 授戒(じゅかい)について。また、結縁(けちえん)潅頂(かんじょう)とはなんですか? 

~お授戒(じゅかい)結縁(けちえん)潅頂(かんじょう)

 天台宗の宗祖伝教大師さまは、我々の誰もが仏さまの心になることのできる種(仏性(ぶっしょう))を生まれながらにして持っていることを自覚し、利他の行動をなす菩薩として生きて行くことが大切であると説かれ、我々が生きていく指針をお示し下さいました。

 その指針の中心となるのが円頓戒(えんどんかい)であり、円頓戒(えんどんかい)を授かる儀式のことをお授戒、もしくは円頓授戒会(えんどんじゅかいえ)というのです。

授戒(じゅかい)では、円頓戒(えんどんかい)の三つの大きな柱について、各自が誓いを立てます。一つには、自己の行いを慎み悪いことをしない(摂律儀戒(しょうりつぎかい))。二つには、善行を積み自己を高めることに努める(摂善法戒(しょうぜんぼうかい))。三つには、人々や社会のために尽くす(摂衆生戒(しょうしゅじょうかい))。これらは三聚浄戒(さんじゅじょうかい)といって、お互いに関連しあっており、我々すべてが自分の心の中におられる仏さまを自覚する源となるのです。

 次に結縁(けちえん)潅頂(かんじょう)ですが、こちらは密教の行事であります。「結縁(けちえん)」とは仏さまとご縁を結ぶこと。「潅頂(かんじょう)」とは頭頂に水を(そそ)いで仏法の正当な継承者となる儀式のことです。密教の儀式ですから、その内容について詳しく述べる訳にはいきませんが、仏法に沿った生き方をしていくことを心に刻む儀式だといえます。

 お授戒も結縁潅頂も、実際に受ける際には僧侶より詳しい説明がございます。大切な儀式ではございますが、難しく考えすぎずに、私が生きているこの道は仏さまと繋がっているのだ、と実感できますよう、ご参加下さい。

平成25年度 滋賀仏青 回答

 


Q8 お供え物はなにをしたらいいのですか?お供えしてはいけないものはあるのですか?

 何をお供えしたらいいのかということですが、何でもいいと思います。何でもいいというのは言葉が適切ではないかもしれませんが、特にこだわる必要はないという意味です。故人が好きだったものが良いかもしれません。果物も同様に何でも良いと思います。ただ日持ちがしないものが多いので1日ぐらい(何時間かだけでも)お供えした後はお下がりとして召し上がってください。お菓子やお饅頭の場合も同じです。腐るまでお供えしておくのでなく食べられるうちに下げて召し上がるのが良いと思います。何日間とかではなく毎日お供えしてください。お菓子や果物は毎日交換する必要はないと思いますが(果物は供えられていない日があっても良いと思います)タバコやお酒も故人が好きだったのならお供えしてあげてください。缶に入ったものは開けても開けなくてもいいように思います。

最後になりましたが大切なのは気持ちだと思います。いくら良いもの、高いものを

お供えしていても「してあげている」というような気持ちならばしないほうがいいです。

安いもの、賞味期限が切れかけのものをお供えしていても「させていただく」という

気持ちであれば故人も喜ばれると思います。またお供えしているからといって

放っておいては意味がありません。仏壇の前に座って手を合わせることは大切なことだと

思います。

平成25年度 山陰仏青 回答



Q9 袈裟(けさ)とはどのようなものですか?

袈裟(けさ)とは、私達仏教の僧侶が身に着ける法衣(ほうえ)(衣装)の名称で、元々は古来インドでごみために捨てられた糞を拭ったようなぼろ布をつなぎ合わせて作ったところから糞掃衣(ふんぞうえ)とも呼ばれました。現在日常で使われている袈裟(けさ)のほとんどは新品の布で作られますが、古来の名残りから、小さくした布を継ぎ合わせて作られているのが特徴です。

 袈裟(けさ)といっても、五条(ごじょう)袈裟(げさ)地蔵(じぞう)袈裟(げさ)如法衣(にょほうえ)等、さまざまな種類があり、一般の方には、葬儀の際、お導師の方が着けられる豪華絢爛な七条(しちじょう)袈裟(げさ)が一番イメージしやすいかと思います。

 また檀信徒のかたが、お参りの際、首から下げて用いる半袈裟(はんげさ)も立派な袈裟(けさ)の一つです。天台宗では半袈裟(はんげさ)は檀信徒向けで、輪袈裟(わげさ)は僧侶が使うものです。その輪袈裟(わげさ)も実は古い歴史があります。平安時代に天台宗の高僧・慈覚大師(じかくだいし)円仁(えんにん)が唐(中国)へ留学中、仏教の弾圧騒動が激しく身に危険がおよんだ際、円仁(えんにん)袈裟(けさ)を折りたたんで首にかけることにより、なんとかその難を逃れたという有名なエピソードがあり、天台宗の僧侶が常用する輪袈裟の起源となっております。このように身近な物からも長年の歴史、そして先徳をうかがい知ることができ、とても興味深いですね。

平成25年度 三岐仏青 回答

 


Q10 得度(とくど)とは、どういう事をするのですか?

得度(とくど)とは、将来僧侶になるための第一段階、つまり僧侶になるための入門式のことです。得度の「度」は「度牒(どちょう)」と呼ばれ、見習い僧侶(小僧(しょうそう))になった証明書のことをいいます。得度式では、頭髪を剃り、延暦寺戒壇院(かいだんいん)の裏側にある蔵髪堂(ぞうはつどう)にその髪を納めます。たとえ10歳の子供であっても、剃髪(ていはつ)をすることでこれから僧侶になるという覚悟を持つことになるでしょう。

このような得度式(とくどしき)を済ませると、小僧として日々師匠に仕えて、掃除をしたり、お給仕をしたりといった生活をしながら、お経の読み方や内容など様々なことを学びます。こうして仏道修行に専念する人のことを出家といいます。一方、日々の生活を営みつつ出家者に布施をし、簡略な戒律を守って修行する人のことを在家(ざいけ)と呼んで区別しています。

得度(とくど)の後、数年間の修行生活を経て、戒律を授かり、正式な僧侶(大僧(だいそう))となるのです。

平成25年度 東海仏青 回答


Q11 数珠(じゅず)の意味はなんですか?

数珠には、色々な大きさのものがあり、宗派によって異なりますが基本形というのはきちんとあります。珠の中で一番大きいもの母珠(もしゅ)また親珠(おやだま)と言い、ご本尊を表しています。親珠(おやだま)の左右には同じ大きさの珠が全部で108個あり、煩悩の数を表しています。煩悩は私達の持つ様々な欲望のなせるものであります。人間は動物の一種でありますから、基本的には欲望に基づいて思考し、行動することによって生命を維持しています。人間は「これでよい」という限度を越えて欲望を追い求めがちであります。数珠を身につけることはその欲望・煩悩をコントロールするという誓いの証でもあります。私達は、何時も懺悔とお誓いの気持ちを忘れず数珠を大切にしましょう

平成25年度 北陸仏青 回答

 


Q12 戒名(かいみょう)にはどのような意味があるのでしょうか?

本義としての戒名とは、戒を受けた者に授ける仏弟子としての名前のことです。戒とは仏弟子として守るべき事柄のことです。特に天台宗での戒は十重四十八軽戒(じゅうじゅうしじゅうはちきょうかい)を指します。

今日において、戒名とは死を仏さまとの縁として仏法に帰依(きえ)した者に授ける名前のことをいいます。葬儀式の中には戒を授ける作法が組み込まれており、そのため、葬儀式を終えた後に正式に戒名を授かることになります。

戒名を授かることができるのは、死後に限ったことではありません。先に本義として述べたように、戒名とは戒を授かり仏弟子となった者に与えられる名前です。檀信徒の方で生前に戒名をお受けになりたいと願う方は、授戒会(じゅかいえ)などで戒を受け、戒名を授かることができます。

どのような戒名が良いかについては、明確な基準はありません。ただし、戒名中に故人の生前の人柄、徳、性格、職業、趣味など生前の行状と深いつながりのある語句が使用されていると、いつでも故人を思い出し偲ぶことができると思われます。

戒名は、俗名と違ってどうしてもなじみの薄いものです。しかし、仏弟子としてこの世から浄土へと生まれ変わった後のお名前となるものです。故人の思い出と共に大切にしたいものです。

平成25年度 信越仏青 回答

 


Q13 六波羅蜜(ろくはらみつ)とはなんですか?

「私たちの生活している迷いの世界と、仏の悟りの世界の間には、煩悩の渦巻く大きな川が流れている」、という有名な喩えがあります。

六波羅蜜とは、この喩えにある大きな川を渡りきる為の修行法を六つにあらわしたもののことです。悟りへ到達する為の実践行ですが、言い換えるならば、私たちが人生をより良く生きていく為の六つの実践法とも言えます。

その六つの方法とは、布施(ふせ)持戒(じかい)忍辱(にんにく)精進(しょうじん)禅定(ぜんじょう)智慧(ちえ)というものです。

 

・第一の布施(ふせ)とは、品物や金銭を施すなど、見返りを求めず、他人にそっと手をさしのべること。

・第二の持戒(じかい)とは、規則正しい生活をすること。

・第三の忍辱(にんにく)とは、怒りの感情をおさえて、自ら反省し耐え忍ぶこと。

・第四の精進(しょうじん)とは、何事をするにも努力をおしまないこと。 

・第五の禅定(ぜんじょう)とは、自分が今なしている事に心を集中すること。

・第六の智慧(ちえ)とは、物事の正しい判断をすること。真理を見極める心。

 

普段からこの六つの方法を実践し、努力することはなかなか大変なことですが、希望と反省は忘れず、少しでもこれらの心を育めるように日々を過ごしたいものです。

平成25年度 神奈川仏青 回答

 


Q14 千日(せんにち)(かい)(ほう)(ぎょう)とはどんなことをするのでしょうか?

A,千日回峰行は比叡山に伝わる修行の一つで、相応(そうおう)和尚(かしょう)(831918)を創始者とします。行者は、比叡山の霊跡を巡礼する回峰行を行います。回峰行をおよそ7年かけて千日間行うことから千日回峰行といいます。

行者は、(じょう)()という白装束、草鞋(わらじ)(ばき)で比叡山の峰々を巡ります。行者の出で立ちが不動明王を模しているのは、回峰行を行うことにより、身も心も不動明王と一体となり人々を救うことを目指しているからです。

比叡山の教えの基本となる『法華経』には、全てのものは仏になる素質を持ち、全てのものは仏となることができる。故にあらゆるものを軽んずることなく尊び大切にするという教えが説かれています。また比叡山には、「草木(そうもく)国土(こくど)悉皆(しっかい)成仏(じょうぶつ)」という、世界を構成するすべてのものが仏様になることができる、との教えもあります。故に行者は、お堂にお祀りされている仏様のみならず、ありとあらゆるものを仏様とみなして、比叡山を回るのです。

七百日目の回峰を終えると「堂入(どうい)り」と呼ばれる行に入ります。その間、行者は断食・断水・不眠・不臥(ふが)(横にならない)で9日間、一心に不動明王を念じ続けます。「堂入(どうい)」を遂げると行者は生身の不動明王とされます。「堂入(どうい)」を遂げるまでの行は、主に自身のためのものですが、以後の行は、主とするところが衆生(しゅじょう)救済(きゅうさい)のために変わり、人々の規範となり多くの人を導く立場に立つことから、人々は親しみをこめて「阿闍(あじゃ)()さん」と呼んでいます。

堂入(どうい)」の翌年、行を始めて6年目には、基本の行程に赤山(せきざん)禅院(ぜんいん)への巡礼が加わる「赤山(せきざん)苦行(くぎょう)」(行程約60㎞)が行なわれます。

また満行(まんぎょう)となる7年目には京都市中に入り、親しく市中の人々のために祈り巡礼する行程約80kmにも及ぶ「京都(きょうと)大廻(おおまわ)り」を行います。その後、行者は基本の行程30㎞の回峰を七十五日間行い、七年間で975日の回峰を以て一千日の修行を満じ「大行満(だいぎょうまん)」となります。行者が7年間の回峰行中に歩く距離は、地球一周分の約40000kmにも及びます。

大行満(だいぎょうまん)となった行者は、後に京都御所において、土足で参内(さんだい)し「玉体加持(ぎょくたいかじ)」を行う「土足(どそく)参内(さんだい)」が許され、これを勤めます。なお、回峰を975日間で終えるのは、行者の修行に終わりはなく、修行は一生続いているということをあらわしているとされています。

 

平成25年度 本山仏青 回答

Q15 天台教学の「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」とはなんですか?

一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」とは、『涅槃経(ねはんぎょう)』というお経に出てくる文言です。現代語にすると「生きとし生けるものはすべて生まれながらにして仏になる素質をもっていますよ」という意味です。
この「仏になる素質」というものを、お寺の幼稚園などでは以下のように園児さんに伝えることがあります。
「みんなの心の中には、『ほとけさまの種』が入っています。それを大切に育てましょう。」
ここで言う「ほとけさまの種」こそ「仏になる素質」のことです。「ほとけさまの種」は「ほとけさまのお花」を咲かせます。仏教で花といえば、蓮の花を思い浮かべる方も多いでしょう。蓮の花は濁った泥水の中から芽を出し、きれいな花を咲かせます。私たちも生きていく中で、色々なねたみ、不満、愚痴など濁った泥水のような心をもってしまいます。しかし、種に栄養を与えるときれいな花が咲くように、それらの気持ちを振り返り、解決や反省をすることで、ほとけさまのような清らかな心に近づいていくのだと思います。
「『ほとけさまの種』は誰でも持っており、花を咲かせる努力はいつでも誰でもできますよ」ということが、「
一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」という言葉の真意なのではないでしょうか。

仏教にはたくさんのお経・教えがありますが、天台宗ではそれらは別々な悟りに至るための教えなのではなく、全てはお釈迦さまと同じ悟りに至るための教えであり、大切なものと考えます。

 

平成25年度 東京仏青 回答

Q16 四十九日(しじゅうくにち)とはどういう意味ですか? 

最近の葬儀では、葬儀式に引き続いて初七日(しょなのか)法要を行うことが多いと思いますが、もともとは亡くなった日から数えて、初七日(しょなのか)二七日(ふたなのか)三七日(みなのか)四七日(よなのか)五七日(いつなのか)六七日(むなのか)七七日(しちしちにち)(※読み方などは地域によって様々)と七日目ごとに法要を行っていました。その最後の日が四十九日(しじゅうくにち)です。七回目ですから、七回目×七日=四十九日で七七日というわけです。最後ですから尽七日(じんしちにち)ともいいます。

その四十九日までの期間を中陰といいます。四十九日の七七日忌法要を営みますと、これで中陰(ちゅういん)が明けることになります。四十九日のことを満中陰(まんちゅういん)というのはこのためです。

また、中陰(ちゅういん)というのは中有(ちゅうう)ともいいます。中有(ちゅうう)というのは、この世と次の世との間にある世界といえましょう。すなわちこの期間は、故人が仏に成るためのとても大事な修養期間なのです。

葬儀式では僧侶が引導(いんどう)を渡しますが、これだけで故人が完全に成仏できたというわけではないのです。いうなれば、就職活動を終えて入社したばかりの新入社員が、まだまだ一人前とはいえないのと同じようなものです。

ですから、中陰(ちゅういん)期間中は喪に服し、故人の大事な修養期間を大切にし、日常生活を十分に謹んで、ひたすらに故人の冥福を祈るのです。そして四十九日には、故人の近しい方々に集まっていただき、お供物等を整え、法要をして故人の旅立ちをお見送りしましょう。


平成25年度 北総仏青 回答

 

Q17 卒塔婆(そとうば)の意味はなにですか?何が書かれているのですか?

昔のインドで、亡くなられたお釈迦さまの為に、ストゥーパと言う供養塔が建てられました。『卒塔婆(そとうば)』はこのストゥーパの音を漢字に写して作られた言葉です。つまり『卒塔婆(そとうば)』とは仏さまを供養する為の塔を意味しています。

今では、皆さんが法事などで建てる板のお塔婆がこの『卒塔婆(そとうば)』になります。

また、『卒塔婆(そとうば)』には一番上に梵字(ぼんじ)と呼ばれる文字が書いてありますが、昔のインドでは大きなもので言えば地球や宇宙、身近なもので言えば私達人間など、全ての物は空・風・火・水・地の五つの要素から出来ているという考え方がありました。その大切な五つの要素を『塔婆(そとうば)』の上から梵字(ぼんじ)で記してあります。そしてその下に経文を書き、故人が仏さまのお弟子となった証しである戒名(かいみょう)年回忌(ねんかいき)を書いて故人そのものの供養塔になります。裏には大日如来(だいにちにょらい)梵字(ぼんじ)が書いてあり、その下に建てた方のお名前と、その日付が記されています。

また、この『卒塔婆(そとうば)』は、前に書きましたが仏さまの供養塔(ストゥーパ)を表しています。日本では三重塔や五重塔がこれにあたりますが、皆さんが法事などで建てているお塔婆(とうば)は三重塔や五重塔を建てるのと同じ功徳があるのです。そう考えるとお塔婆(とうば)を建てる事の有難さがわかってくるのではないでしょうか。


平成25年度 埼玉仏青 回答

Q18 仏前(ぶつぜん)結婚式(けっこんしき)はどんな内容でおこなっていますか?

お寺で行う仏事と言えば、葬儀や法事といった印象から、仏前での結婚式って何?と思われていることだと思います。

そこで、仏前結婚式の流れとその意味についてお話します。

   (にゅう) (どう):新郎新婦戒師(かいし)導師(どうし))が式場に入る

   (さん) (らい)仏・法・僧の三宝(さんぼう)へ礼拝 

   (かん) (じょう)諸仏(しょぶつ)諸菩薩(しょぼさつ)を式場に迎える文を唱えます

   (ひょう) (びゃく)諸仏(しょぶつ)諸菩薩(しょぼさつ)・ご先祖に結婚式が行われることを報告し、新郎新婦へのご加護をお願いします

   (じゅ)懺悔(さんげ)(もん)三毒(さんどく)(とん)【むさぼり】・ (じん)【いかり】・()おろかさ】)を犯さないことを誓います

   授三帰(じゅさんき):仏・法・僧の三宝(さんぼう)を信じて、疑わずに守ることを誓います

   法水頂戴(ほっすいちょうだい):法水という、清めたお酒で三三九度の盃を交わし、新郎新婦のふたりはもとより、両家の固めの盃をいただきます

   (ねん)(じゅ)授与(じゅよ)仏教徒となった証に仏さまより念珠を授かります

   指輪(ゆびわ)授与(じゅよ):指輪の交換を行います

   聖句(せいく)授与(じゅよ)戒師(かいし)より仏さまのお言葉の中から人生の規範とすべき「聖句(せいく)」を授かります

   証明(しょうめい)授与(じゅよ)戒師(かいし)より結婚の儀式が正しく執り行われたことの(あかし)を授かります

   (せん) (せい):新郎新婦が仏さま並びに参列者への誓いの言葉を読み仏前へ捧げます

   新郎新婦の(けん)(こう)新郎新婦は香を捧げ、仏さまをはじめ一切に供養します

   法楽(ほうらく)回向(えこう)結婚式のお礼に仏さまやご先祖さまにお経を捧げます

   退(たい) (どう) 

以上が主な内容となりますが、地域や環境などによってやり方は異なります。また、宗派によっては全く異なることもありますので、あくまで1例としてお考え下さい。

 仏前結婚式とは、二人が出会い結婚に至ることは、偶然ではなくお互いに深いご(えん)因縁(いんねん))によるものであり、このご縁を仏さまや親や親族、ご先祖へ感謝の報告をする場になります。

平成25年度 群馬仏青 回答

 

Q19 坐禅(ざぜん)のやり方を教えて下さい!

坐禅(ざぜん)の中では「身・息・心」を整えることが大事です。

 

○「身」とは、坐禅を行う前の準備運動から、正しい坐禅(ざぜん)の姿勢を整えます。

座布団の上にあぐらをかいて座る。(足の悪い方は椅子でも可)

   首の運動として、前後、左右に動かす(各三回)

   肩の上下運動。両腕を両側に垂らして、上下に動かす(三回)

   腰の運動。先ず左手を自分の後方に置いて、右手は左足の膝へ置いてから、腰を左向きにひねる。しばらくしてから手を置き換えて、右側に腰をひねる(三回)

   座布団の方は、座布団を半分に折って座る。足を組める方は左足を右足の(もも)の上に載せる。

   背筋を伸ばして、胸の前で右掌に左掌を載せて親指の先をつけて楕円の輪を作り、そのまま下に降ろす。

   (あご)を引いて、目は半分(まぶた)を閉じて目線は鼻先1メートル前方を見て動かさない。

 

○次に「息」とは呼吸の事ですが、鼻から吸って口からはく。途切れず、静かでスムーズな呼吸がベストですが、鼻が詰まる方や気分が悪くなる方は自分に合った呼吸をしてください。

 

○最後に「心」ですが、坐禅(ざぜん)に慣れていない方は「数息観(すそくかん)」と言って、坐禅(ざぜん)中は常にご自分の呼吸を数えてください。(吐いて吸って一つ、吐いて吸って二つ・・・と)百まで数えたらまた一つ目から数えて繰り返します。坐禅(ざぜん)の時間は三十分間ぐらいから始めるのが良いかと思います。

坐禅(ざぜん)を終えるときには、最初と同じく整理運動を行って、全身をよくほぐしてください。

平成25年度 栃木仏青 回答


Q20 先祖(せんぞ)供養(くよう)の仏さまはなんですか? やりかたはどうすればいいのでしょうか?

本尊(ほんぞん)

天台宗のお寺のご本尊は、阿弥陀如来さま・観世音菩薩さま・不動明王さまなど様々な仏さまをおまつりしています。

 それらは法華経では釈迦如来と同一体とされ、すべて御縁に従ってこれらの仏・菩薩を敬信します。

 寺院によってご本尊も異なりますので、それぞれの菩提寺(ぼだいじ)のご本尊を先祖供養の仏さまと定めるのも一つの形ですが、阿弥陀如来さまをお仏壇にお祀りするのが一般的です。

 

「日常の先祖供養の方法は?」

 お仏壇にお花・お茶・ご飯のお供えしてください。

 お仏壇のない家庭では、タンスや小さいテーブルなどの上にご本尊(菩提寺(ぼだいじ)のご本尊もしくは阿弥陀如来坐像)とお位牌をお祀りします。

 蝋燭・お線香・お茶・ご飯・果物や生前の好物をお供えしましょう。お供えしたら、お線香を焚いて手を合わせてください。

 一日無事に過ごせたことなど、感謝の心をお伝えすれば、ご先祖さまは、その人や家族を守ってくださいます。

平成25年度 福島仏青 回答


Q21 お寺の法要でまく紙の花(散華(さんげ))はどんな意味があるのですか?

花びらをかたどった紙を散華(さんげ)といいます。仏教では花の上というのは、清らかな場所とされています。お寺の仏像を見ると台座の部分に蓮の花などが彫ってあるものが多く見られますが、これは花の上という清らかな場所に仏さまがおられることを示しています。こういったことから、法要をする際にお堂の中を清めるという意味合いで花を撒いています。また、仏さまがおいでになられた際に花を散らして供養した故事にもちなんでいると言われています。

本来であれば本物の花を撒かなくてはいけないでしょうが、法要の度に沢山の花を用意するのが難しかった為に花を(かたど)った紙を撒くようになったのだと思われます。

他にも、仏さまが説法をされた際に天人が仏さまを讃えるために天より華の雨を降らしたとの伝えに倣い、法要の際に仏さまを讃えるために撒かれるようになったとも言われております。法要で散華を撒いた際には仏さまが花の上を歩いたということで、功徳があるお守りとして散華を持ちかえる人も多くいらっしゃいます。

平成25年度 陸奥仏青 回答


Q22 大乗(だいじょう)仏教(ぶっきょう)とはどんな教えですか?

一言で言えば全ての者が仏になるための教えです。

仏教はお釈迦さまの教えから成り立っているわけですが、約2500年前にお釈迦さまが亡くなられた後に弟子たちによる結集(けつじゅう)が開かれ、お釈迦さまの教えを文字にし、これが経典となりました。その後に考え方の違いからそれぞれ流派(部派仏教)に分かれ、出家者中心で修行したものだけが悟りを得られるというものになりました。これがいわゆる上座部(じょうざぶ)仏教です。そしてお釈迦さまの教えは全ての者を救うためのものであるという考えで、解りやすく編纂したのが「大乗(だいじょう)経典(きょうてん)」です。これを基にした教えが大乗仏教です。

主に大乗仏教は日本や中国、朝鮮半島などに伝わりました。ちなみにチベット仏教も大乗仏教だそうです。そして上座部(じょうざぶ)仏教はタイやミャンマーなどの東南アジアを中心に伝えられました。

平成25年度 山形仏青 回答

 

Q23 (ころも)にはどんな種類があるのですか?色の意味はなんですか?

皆さんが良く目にするお坊さんの格好というのは、黒い衣に首から輪になった袈裟(けさ)を掛けている姿でしょうか。

これは直綴(じきとつ)という衣の袖を短くするなどして略された衣で、道服(どうぶく)と呼ばれる日常に着られる一般的な衣です。

僧侶が身につける衣には大きく分けると、腰につける袴(はかま)、全身を覆う法衣(ほうえ)、肩から掛ける袈裟(けさ)の三種類あります。

それぞれ法要や用途によって数種類ずつの形があり、合わせると二十種類ほどになります。

元来、仏教発祥のインドに於いては比丘(びく・僧侶)は三枚、比丘尼(びくに・尼僧)は五枚の衣の所有しか認められませんでしたが、

インドから中国に仏教が伝わった時、寒冷だった為に袈裟の下に法衣が着られるようになったようです。

初めはなるべく質素なものをということで、泥染めの衣を着ていたようですが、

それが手近にあって染めやすい材料として墨を使うようになったといわれています。

このように、インドから中国を経て日本へ伝来する中でそれぞれの国の気候や習慣に合わせて衣も変化してきました。

法衣にもいろいろな形がありますが、さらに僧侶の功績などによって決められた「僧階(そうかい)」ごとに定められた色があります。(()衣、()衣、松襲(まつがさね)衣、萌黄(もえぎ)玉虫(たまむし)衣、木欄色(もくらんじき)衣、黒衣など)

 

これはもともと中国の唐の時代の朝廷に用いられた礼服等に由来するものです。

平成25年度 北海道仏青 回答